張飛の恩師。盧植同様、かつては宮廷軍師を務めていた兵法家であり儒学者。本名は「司馬徽」。伏竜(孔明)を探して荊州を訪れた劉備たちに「伏竜は死亡した」と告げた(これは戦場に戻る事を拒む孔明の案である)。また、孔明と龐統、徐庶は彼の教え子である。「よきかな、よきかな」が口癖。人相見や占いも得意とすることを公式サイトで語っている。
『三国伝武将ファイル』によれば、彼が野に下った理由も盧植と同様のものであり、新たな王を支える軍師を見出すという誓いを交わしていたという。
『BBW』では伏龍を探す劉備の訪問を受け、伏龍の居場所を聞かれるがすでに故人であると伝えた。その後、幽州の危機を劉備達に告げている。
『BBW創世記』では、盧植と同じく「清流派」として登場。曹操のことを「乱世の奸雄」と称していたが、「次代の龍」ではなかったとも語っている。
ガンタンクの二本のキャノン砲は、盧植ジムキャノンと同じく巻物となっている。